例えば、園のお迎えで「今日も一人でブロックをしていました」と聞く。本人は楽しかったと言うけれど、周りの子は友達と遊んでいる。「もっと誘ったほうがいい?」「本当は仲間に入れないの?」と気になります。同じ「一人」に見えても、その中身は違うのでしょうか。幼い子の遊びを観察した研究と、本人の好みを聞いた研究から調べました。

この記事は、友達の数を増やす方法ではありません。親の心配と子どもの希望を分けながら、園に何を聞き、どこを手伝うかを整理するための記事です。ひとり遊びを好むことだけから、性格や将来、何らかの診断を決めることはしません。
同じひとり遊びでも、中身は違う?
砂で道を作っている子。人形に話しかけている子。友達のそばで、遊びを見ている子。写真だけなら全員「一人」ですが、していることも、そのときの気持ちも同じとは限りません。

観察研究では、遊ぶ一人と、見ている一人を分けていた
Coplanらの1994年の研究は、4歳の子48人を、初対面の同性の子と組み合わせて観察しました。要旨では、物を作る・調べるひとり遊び、動作やごっこをするひとり遊び、何もせずにいたり他の子を眺めたりする姿を分けています。最後の姿は、不安を示す様子との関連がありましたが、前の二つでは同じ関連は見られませんでした。[1]
これは「眺めていたら不安の証拠」という意味ではありません。観察上の行動を分けると、関連の出方も違ったという結果です。研究用語の「受け身のひとり遊び」には、積み木などの構成遊びも含まれます。「受け身だから何も学んでいない」という日常語の意味ではありません。
ここから家庭の見方として持ち帰れるのは、「一人だった」という一行で終えないことです。何をしていたか、どんな表情だったか、友達が来たときどうしたかまで聞くと、心配の中身が具体的になります。
- 見えた姿
- 一人で黙々と作っている

- すぐに決めないこと
- 寂しい/社交性がない
- 追加で知りたいこと
- 本人は満足しているか。途中で誰かとやりとりしていたか
- 見えた姿
- 近くで友達を見ている

- すぐに決めないこと
- 興味がない/怖がっている
- 追加で知りたいこと
- 見て楽しんでいるのか。入りたいのか。誘われるとどうするか
- 見えた姿
- 誘いを断る

- すぐに決めないこと
- 友達嫌い
- 追加で知りたいこと
- 今の遊びを続けたいだけか。相手や遊びによって違うか
- 見えた姿
- 誘ったあと一人になる

- すぐに決めないこと
- 一人が好き
- 追加で知りたいこと
- 相手からの返事は何だったか。本人はそのあとどうしていたか
表は研究の分類を家庭用の判定表にしたものではなく、筆者が考えた質問の整理です。ひとつ当てはまったから結論が出る、という使い方はしません。
「好きで一人」は、どう確かめる?
人と遊びたい気持ちと、近づきにくい気持ちは別
Coplanらは2004年、3〜5歳の子について119人と127人の二つの標本を調べました。母親の回答に加え、先生の評価、自由遊びの観察、子どもの面接などを使い、「関わりたいが怖さもある」姿と、「人と関わりたい気持ちがあまり強くない」姿を区別しようとしています。結果でも、周囲との関係などとの結び付き方は同じではありませんでした。[2]
大人でも、一人で本を読むのを選ぶ日と、人に声をかけたいけれどためらう日があります。見た目が似ていても、必要な手伝いは違います。子どもについても、行動と理由をひとまとめにしない見方が役立ちそうです。
「誰と遊んだ?」の前に、「何が楽しかった?」
ここからの質問や声かけ、手順は、研究を参考にした筆者の提案です。家庭でこの言い方の効果を直接確かめた実験があるわけではありません。
帰り道に毎回「今日は友達と遊べた?」と聞くと、親が知りたいことは伝わります。でも、一人で作ったものの話をしたかった子には、その面白さが脇へ置かれてしまうかもしれません。まずは「今日は何してるときが楽しかった?」と聞いてみるのはどうでしょう。
「一人で車を作った」と言われたら、「どんな車?」と、その遊びに関心を向ける。そのあと必要なら、「誰かにも見せた?」「続けたいときに続けられた?」と尋ねます。友達の話を聞かないようにするのではなく、人数以外の話からも園での様子を知るためです。
「一人がよかった?」「本当は入れてほしかった?」の二択が、いつも答えやすいとは限りません。「今日は一人がよかった。でも昨日は入りたかった」という日も考えられます。親の仮説に当てはめるより、「そのあと、どうしたの?」と出来事の続きを聞くほうが、分かることが増える場合があります。

「入れない」を、見落とさないためには?
ただし、本人が「一人が好き」と言えば、周りの状況を何も見なくてよいのでしょうか。そこにも、少し慎重になりたい研究があります。
Coplanらの2014年の研究は、カナダ・オンタリオ州の園や小学校に通う193人、平均月齢65.76か月を対象に、本人のひとり遊びの好みを面接で聞きました。母親や先生の回答も集めています。ひとり遊びの好みと、本人が感じる仲間からの受け入れられやすさには負の関連があり、仲間からの排除は、内気さとひとり遊びの好みの関連を強めていました。[3]
この結果を読んで、「好きと言うのも信用できない」と考える必要はありません。子どもの言葉を受け取りながら、その子が置かれた場面も見る、ということです。本人の好みか、周りから入れてもらえないのかは、どちらか一つだけで説明できるとは限りません。
先生には、評価より出来事を聞いてみる
「友達はいますか」「大丈夫ですか」だけだと、先生も広い問いに答えることになります。例えば、次のように場面を絞ると、家では見られない情報を共有しやすくなります。
- 「一人のとき、何をしていることが多いですか」
- 「本人から友達に声をかける場面はありますか」
- 「声をかけたとき、相手はどんな返事をしていますか」
- 「誘われたときは、遊びや相手によって反応が違いますか」
- 「先生がそばにいると、入りやすくなる場面はありますか」
「仲間外れにされているんですか」と、最初から結論を置く必要はありません。ただ、本人が「入れてって言ったのにだめだった」と話したときには、その事実を曖昧にせず先生へ伝えます。親が相手の子を直接問い詰める前に、園での前後関係と繰り返しの有無を確かめるためです。
一度断られた場面にも、「人数が決まっていた」「作品を壊されたくなかった」など、まだ分からない事情があるかもしれません。一方、何度も同じ子だけが外されているなら、本人に声かけの練習をさせるだけでは問題の場所を取り違えます。大人が遊びの場をどう整えるかを相談したいところです。
園へ行きたくない様子も重なっている場合は、理由が分からない登園しぶりの整理も参考になります。「友達と遊べないから」と決めつけず、朝の様子と園の出来事を別々に伝えます。
「分からない」という返事も、残しておく
子どもが園のことをうまく話せないときは、同じ質問を言い直して答えを出させなくてもよいと思います。「覚えてない」「分からない」も、その時点の返事です。「楽しかったってことでいいね」と親が結論を補わず、分からなかった部分として先生に確かめます。

先生から「楽しそうですよ」と聞けたら、安心材料として受け取りつつ、必要なら「どんな遊びのときでしたか」と具体例を一つ聞く。逆に「様子を見ましょう」となった場合も、何を見るのかをそろえておくと話が続けやすくなります。例えば、誘われたときの反応を見るのか、声をかけたあとの相手の返事を見るのか。次に共有する内容が決まれば、親が毎日お迎えの一場面だけで判断し直す負担も減らせそうです。
友達と遊ぶ練習を、させるべき?
今回確認した研究からは、「一人で遊ぶ5歳児全員に、毎日集団遊びをさせるとよい」という答えは出せません。ひとり遊びを減らすことを目標にするより、本人がやりたい遊びへ近づけるかを確かめるほうが、手伝う理由がはっきりします。
本人が入りたいなら、難しいところだけ一緒にする
例えば、子どもが「お店屋さんをしたかった」と言うなら、「お店屋さんしたかったんだね。どこから入れそうだった?」と聞いてみます。「入れてと言う」「何をしているか見る」「空いている役を聞く」のどこで止まったのかは、まだ分からないからです。

園では先生に、「入りたいけれど言い出しにくいようです。好きなお店屋さんで、役が分かる場面からつないでもらえますか」と相談する方法があります。いつも大勢の輪へ押し出す必要はありません。気の合う相手との小さなやりとり、並んで作る遊び、作品を見せ合う時間なども、相談の候補です。
家で「入れて」と言えたことと、実際の輪に入れることは別です。相手の返事や遊びのルールも関わります。「練習したのにできない」と本人の努力不足に戻さず、実際に何が起きたかを先生と確かめます。練習は本人が望む場面の準備であり、親の安心のための試験にはしない、という提案です。
楽しんでいるときは、ひとり遊びも尊重する
作っていたものが途中なら、「みんなのところへ行きなさい」より「まだここを作りたいんだね」と受け取れるかもしれません。「あとで見せたいなら教えてね」と、関わりへの入口を残すこともできます。
もちろん、安全や片づけなど、園や家で守る必要のあることはあります。ひとり遊びを尊重することは、集団生活の約束をなくすことではありません。「一人で作りたい」は尊重しつつ、「片づけの時間には一緒に戻す」と、別の話として伝えられます。
友達とのやりとりでおもちゃが問題になるなら、「貸してあげなさい」と言う前に考えたいことも関連します。友達と関わるために、いつも自分の遊びを譲らなければならないわけではありません。

経営学のヒント:参加人数より、参加できる機会を見る
ここは経営学の考え方を借りた、筆者の例えです。職場の会議なら、「何回発言したか」だけで参加のしやすさを測ると、発言したくない人と、発言する機会を与えられない人が同じ数字になってしまいます。
数字を上げるために全員へ発言を割り当てると、その場の回数は増やせるかもしれません。でも、困りごとが「話す相手がいない」「提案が取り合われない」ことなら、回数を増やすだけでは解決しません。知りたいのは、本人に選べる機会があるかどうかです。
園での遊びも、「友達と遊んだ時間」だけを目標にすると、一人で満足している時間まで減らしたくなります。逆に「一人でも楽しめる」という見方だけでは、本人が参加したいときの壁を見逃すかもしれません。
そこで、親が見るものを「何人と遊んだか」から、「入りたいときに入口があるか」「断りたいときにも尊重されるか」へ少し変える。そのうえで、困っているところを手伝う、という整理です。これは幼児に効果が確かめられた経営手法ではありませんし、子どもを職場の成績で評価する話でもありません。親が焦って目標を取り違えないための例えです。
今日からできること:誘う前に、場面を集める
- 帰り道の最初の質問を変える。「誰と遊んだ?」だけでなく、「何をしているときが楽しかった?」から始める。友達が登場しなくても、遊びの話を最後まで聞く。

- 一人だった場面を具体的にする。何をしていたか、前後にやりとりがあったか、満足そうだったかを先生に聞く。家庭で聞いた話も、解釈を足さずに伝える。

- 本人の希望を、その日ごとに受け取る。「一人好きな子」と固定せず、「今日は続けたかった」「この遊びには入りたかった」という違いを残す。

- 入りたかった場面を一つ選ぶ。本人が望むなら、好きな遊びや相手を手掛かりに、先生と入口を考える。一度に大勢との遊びを目指さなくてもよい。

- 入りにくさを、本人だけの課題にしない。声をかけたあとの返事、繰り返し断られる状況、遊びの人数やルールを園と共有する。

- 結果を人数で採点しない。「友達と遊べて偉い」だけでなく、好きな遊びに取り組めたことや、困ったと伝えられたことも聞く。試した手伝いが合わなければ、次に変えるところを相談する。

この順番に期限や合格点はありません。親が一度に聞きすぎてしまいそうなら、その日は楽しかった遊びの話だけでもよいと思います。翌日も同じ答えが出るとは限らないので、毎日確認試験のように尋ねる必要もありません。
本人がつらそうな様子や登園への強い困りごとが続く、園からも困りごとを聞く、排除や傷つけられる出来事が疑われる場合は、「一人が好きだから」で終えず、まず園に具体的に相談してください。相談するときは、いつ・どの場面で・本人が何と言ったかを伝えると、話し合う対象が明確になります。この記事では、何日続いたら問題だという独自の基準は作りません。

まとめ:一人を減らす前に、選べているかを確かめる
ひとり遊びが多いという事実は、もっと知るための入口です。それだけで、満足しているとも、寂しがっているとも決められません。研究でも、一人で遊ぶ姿、関わりたいけれどためらう姿、仲間からの扱われ方は分けて調べられていました。

まずは今の遊びの面白さを聞く。入りたい場面があれば、どこが難しいかを園と確かめる。本人の希望と、周りの条件の両方を見る。その順番なら、親の「友達と遊ばせなきゃ」を、子どもに必要な手伝いへ変えていけそうです。
[1]Coplan RJ, Rubin KH, Fox NA, Calkins SD, Stewart SL. (1994). Being alone, playing alone, and acting alone. Child Development. PubMed・要旨/DOI: 10.1111/j.1467-8624.1994.tb00739.x
[2]Coplan RJ, Prakash K, O'Neil K, Armer M. (2004). Do you “want” to play? Developmental Psychology. PubMed・要旨/DOI: 10.1037/0012-1649.40.2.244
[3]Coplan RJ, Ooi LL, Rose-Krasnor L, Nocita G. (2014). ‘I Want to Play Alone’. Infant and Child Development. 出版社・要旨/DOI: 10.1002/icd.1854
確認日:2026年11月4日。研究の説明は確認できた範囲に限り、家庭での質問や工夫は筆者の提案として分けました。